第34回隊友ふれあいウォーキング実施報告  「文京の台地(小日向台、目白台)に史跡と庭園を訪ねる」


 「文京の台地(小日向台、目白台)に史跡と庭園を訪ねる」をテーマに、4月2日(土)25名(夫婦3組、女性11名内小学生1名)の参加を得て、予定通り実施しました。

 今回は、御夫婦の他、御家族・友人連れ、お孫さんとの参加等、多彩な顔触れで終始和やかな雰囲気で楽しく歩きました。

 江戸時代、護国寺から江戸川橋にかけての音羽の谷は、江戸で最も長い門前町が開けた処で谷の東に久世山と呼ばれた小日向台地、西に目白不動に由来する目白台地が連なっています。
今回のウォーキングでは、その2つの台地を下りたり上がったりしました。
参加者の皆さんは、大変お疲れ様でした。

  護国寺は、江戸初期天和元年、5代将軍綱吉の生母、桂昌院お玉の方の祈願寺として開山した真言宗豊山派の別格本山で、お玉の方は大奥に権勢をふるった春日の局に見出され将軍家光の側室になった京の八百屋の娘でした。

 境内には、桃山時代の代表的書院造りの月光殿、元禄10年建立の観音堂及び不老門等が有ります。
又、墓地には、明治の元勲、三条実美、山形有朋、大隈重信等の鳥居のある神式の墓が在る他、政界・財界で活躍した多くの人達の墓が有ります。

 三条実美の大きな墓の側に、気をつけて見ないと見落としてしまいそうな質素な墓が有りますが、それが初代富士測候所長の野中 到の墓です。
野中 到は、気象学者で妻の千代とともに富士山頂で初の越冬観測を実施しましたが、そのことは、富士測候所に勤務した経験を持つ作家、新田次郎著作の「芙蓉の人・富士山頂の妻」に描かれています。

  
                 護国寺                               お孫さんと散策の岩川会員

 日本女子大学成瀬記念講堂は、1906年に日本人の手による本格的な西洋建築として日本女子大学創設者、成瀬仁蔵を記念して建設され、関東大震災の翌年、内部の造作を残し再建されました。
又、成瀬記念館は、成瀬仁蔵の生涯を紹介するとともに縁の品々が展示されていますが、当日は、朝のドラマの主人公でお馴染の日本女子大学創立の恩人・広岡朝子展が開催中であり、朝のドラマの最終日とあって見学者で一杯でした。

  
             成瀬記念講堂                                  成瀬記念館

 次に向かった新江戸川公園は、明治以降、旧肥後熊本藩細川家の別邸となった処で、目白台の斜面と湧水を巧みに活かした回遊式泉水庭園となっています。

  

 直ぐ隣に位置する関口芭蕉庵は、江戸初期寛文12年、松尾芭蕉(この時の俳号は桃青)が郷里伊賀上野より江戸に下り、江戸川から神田上水を分流する為の堰の工事に水役として従事し、この地の水番屋に住んだと云われています。 
後に、芭蕉を慕う人々により其処に「竜隠庵」と云う家が建てられました。但し現在の物は戦後の建築。
工事が終わると、芭蕉は深川の「芭蕉庵」へ移りました。

  
              神田川の桜                                     関口芭蕉庵

 関口芭蕉庵を後に急勾配の「胸突き坂」を上り永青文庫へ、此処は江戸時代の熊本藩主・細川家の下屋敷跡の一隅で、刀剣・美術工芸品等細川家伝来の文化財と16代藩主護立氏のコレクションを収蔵し展示・公開しています。
中には国の重要文化財級のものも数多く所蔵されています。

 講談社野間記念館には、講談社初代社長、野間清治氏が収集した「野間コレクション」と称される美術品を中心に展示するとともに、講談社の出版事業に係る貴重な出版文化遺産も数多く展示されています。

  
              永青文庫                                   講談社野間記念館庭園

 東京カテドラル聖マリア大聖堂は、ドイツケルン市の信者達の寄進を元に1964年に丹下健三氏の設計により建造されたもので、ステンレス・スチール張りの外装で、内部には1本の柱も無いと云うユニークでダイナミックな造りが特徴です。

 大聖堂の中庭を一回りした後、目白台から「鳥尾坂」を下り音羽通りを渡り鳩山会館へ。
鳩山会館は、1942年に鳩山一郎が友人の建築家、岡田信一郎の設計により建てたもので、小川三智の手による素晴しいステンドグラスを配した英国風の建物とバラの庭園が公開されています。

  
         東京カテドラル聖マリア大聖堂                              鳩山会館

 鳩山会館の見学を終わり、再び音羽通りに下り、次は狭くて急な「鼠坂」を上って小日向台に出た後、再び下って、又「茗荷坂」を登って行く途中の深光寺には、江戸後期の戯作者滝沢馬琴の墓が在ります。
この地一帯は、茗荷の生産が盛んであったのが名前の由来です。

 更に、「茗荷坂」を上って行くと右側に、しばられ地蔵で有名な林泉寺が在りますが、今丁度大々的に改築中で、肝心のしばられ地蔵は、墓地の片隅にポツンと建っていました。
願掛けの時、地蔵尊に縄をかけ、願いがかなうと解くと云うもので、江戸時代から庶民の信仰を集めていました。

  
        しばられ地蔵縄かけ                                     しばられ地蔵

 願掛けが終わり茗荷坂を更に上り予定時刻通り、茗荷谷駅に到着、「築地日本海茗荷店」に於いて会食後、次回の再会を約し解散しました。
 次回は、武蔵野の名残を求めて、世田谷区を歩きます。家族・友人を、お誘い合わせの上、是非とも御参加下さい。

                                    平成28年4月26日
                                    武蔵野の史跡を巡る会    世話人   道面 康紀

       第32回「隊友ふれあいウォーキング」 
                  ★9月26日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 
       第32回「隊友ふれあいウォーキング」 
                  ★9月26日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 


       第31回「隊友ふれあいウォーキング」 
                  ★6月28日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 


       第30回「隊友ふれあいウォーキング」 
                  ★4月4日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 


       第29回「隊友ふれあいウォーキング」 
 
                 ★12月7日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 

       第28回「隊友ふれあいウォーキング」 
 
                 ★9月20日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 

       第27回「隊友ふれあいウォーキング」
 
 
                 ★5月29日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 

       第26回「隊友ふれあいウォーキング」
 
 
                 ★3月29日、開催されました。
                   実施状況についてお知らせします。 


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