第40回隊友ふれあいウォーキング実施報告  

 今回は、「武蔵野の面影を求めて羽根木から駒場野へ」をテーマに11月25日、15名(夫婦2組、女性4名)の参加を得て、羽根木公園から北沢川に沿い駒場公園迄歩きました。

 9時に小田急線「梅が丘駅」を出発、参加者の精進が良く好天気に恵まれ、先ずは羽根木公園へ、今は世田谷区の所有地ですが、嘗ては東武鉄道の創設者、根津嘉一郎の所有地であったので根津山とも呼ばれていました。
現在は、梅の名所で約650本の紅白梅が2月中旬から3月初めにかけて見頃となります。
もし公園の茶店に「武蔵野」(国木田独歩)に出てくるような婆さんがいたら、きっと「今頃、何しに来ただ?梅は春先に咲く事を知らねえだね」と言われたと思いますが、皆さんに紹介したいこともあり立ち寄りました。

 公園の丘を下りると、小田急線に突き当りますが、線路を越える場所に眺めの良い小公園が在り雪を被った富士山が、その美しい姿を見せていました。

 次に訪れた代田八幡神社は、天正18年(1590)小田原北条氏が滅亡した際に、その配下にあって200数十年に亘り栄えた世田谷領主の吉良氏も運命を共にしましたが、吉良家の家臣の清水、秋元、斉田2家、柳下、山田、大場の7人衆が土着して、代田の地を切り拓き八幡神社(応仁天皇)を祀って鎮守にしたと伝えられています。

  
          羽根木公園                       代田八幡神社

 次に向った円乗院は、寛永2年(1625)の創建で、代々村人の菩提寺として維持されて来ましたが、その間幾度かの火災に遇い現在の本堂は、昭和29年(1954)に台東区に在った旧秋田藩主佐竹氏の菩提寺・総泉寺の本堂を移築したものと云われています。
境内に東京大空襲で焼けたと云う特異な形をしたコウヤマキが在ります。

 円乗院の門前を北沢川が流れていますが、この川は目黒川に注ぐ支流の一つで旧上北沢村辺りを水源とし、昭和の初めまで農業用水として使用されていました。 
その後、都市化に伴い生活排水で汚れが進んだため、昭和40年代に暗渠とし、豪德寺、梅が丘、池尻までの約3キロが桜と皐月の並木が続く緑道として整備され、せせらぎを設けた散歩道となっています。
アララギ派の歌人斉藤茂吉は、戦後の一時期、この辺りに住んだことがあり、「代田川のほとりにわれを憩わしむ 柳の花もほほけそめつつ」と詠んだ歌碑が、せせらぎに沿って建っていますが、その柳の木は枯れて今は有りません。

  
        東京大空襲で焼けたコウヤマキ            北沢川緑道のせせらぎ

 緑道沿いに在る森厳寺は、慶長13年(1608)、徳川家康の二男で福井藩67万石を領した結城中納言秀康の位牌所として建立された浄土宗の名刹で、その寺号は秀康の法名、浄光院殿森厳道誉運正大居士から名付けられています。
境内に大公孫樹が有り黄葉が見事でした。
門を入って直ぐ左に淡島神社が在りますが、江戸時代から明治にかけて、お灸が有名で、月6回の灸治の日には大勢の人が集まりました。祭神の婆利塞女(はりさいじょ)は天照大神の6番目の娘で縁結びや安産・婦人病等の女性の守り神です。

 直ぐ隣に在る北沢八幡神社は、室町時代の文明年間、5代目世田谷吉良氏の創建と伝わる旧北沢村の鎮守です。
世田谷に八幡神社が多いのは、世田谷領主吉良氏が、源氏の祖神を祀る鎌倉の鶴岡八幡を深く尊崇したからだと云われています。

   

 駒場野公園は、古代・中世の頃、武蔵野のこの辺り一帯は、駒場の地名の起こりとなった馬の放牧地であり、江戸期には将軍家のお鷹場となった処で、「江戸名所図絵」には「雲雀、鶉、雉、兎の類多く、御遊猟の地なり」とあります。
江戸末期には、幕府歩兵の練兵場になったこともありますが、今はその一部が雑木林や池のある公園になっていまおす。

 公園の一角に、「近代農業発祥の地」の碑が在りますが、ここは明治14年、日本農業の近代化を図るため、駒場農学校の教師として招いた、ドイツの農学者オスカー・ケネルが実習田として使った水田で、「ケルネル田圃」と呼ばれ、日本の近代農業発祥の地として残されています。
ケルネルは水田土壌の研究と稲作肥料の研究に多大な功績を残し帰国するまでの11年間、日本の農業教育に尽力し日本近代農学の発展に大きな役割を果たしました。

 ケルネル田圃を後に、駒場公園に在る旧前田公爵邸に向いましたが、途中の京王井の頭線の踏切が人身事故の為開かず、止む無く大周りすることとなりました。

 旧前田公爵邸は、加賀100万石で知られる前田家16代当主の本邸だったところ。
昭和5年に建てられたイギリス・チューダー様式の洋館で、ステンドグラスの窓、イタリア産大理石の暖炉、シャンデリア、イギリス製家具等が、当寺の華族の豪華な生活ぶりをよく伝えていますが、今回は誠に残念ながら修築中で見学出来ませんでした。
隣接する和館は、前田家が外人客を接待する為に建てたもので、1階広間は無料休憩所となっており、紅葉の美しい和風庭園を見ながらくつろぐことが出来ました。

 和館の隣にある日本近代文学館は、昭和42年に開館、高見順、川端康成等によって収録された近代作家の原稿等が保存展示されています。

  
         ケルネル田圃                       旧前田公爵邸和風庭園 

 日本近代文学館を見学後、京王井の頭線「東大前駅」に出て「渋谷駅」に向いましたが、人身事故による遅れと駒場祭から帰りの客が重なり超ラッシュアワーとなり、昔の山手線を思い出しました。
 昼食会は、マークシティー4F「美登利寿司」で実施しましたが、会場に着くと50人位の客が待っていました。
私達は、渋谷支部の上田会員が先行して予約をしていてくれたので、約10分程度の待ちで昼食にあり着く事が出来ました。
有難う御座いました。
 次回、第41回のふれあいウォーキングについては、時期・場所とも検討中です。

平成29年12月25日

武蔵野の史跡を巡る会   世話人  道面 康紀

第39回(平成29年10月) 「石神井川沿いに史跡を訪ねる」

第38回(平成29年5月)  「練馬十一ヵ寺から愛染院を経て光ヶ丘公園へ」

第37回(平成28年12月) 「落合からおとめ山公園を経て西池袋へ」

第36回(平成28年10月) 「渋谷川に沿う台地上を歩く(広尾から金王八幡を経て表参道へ)

第35回(平成28年7月)  「武蔵野の面影を求めて(和田堀廟所から烏山念仏堂へ)」

第34回(平成28年4月)  「文京の台地(小日向台、目白台)に史跡と庭園を訪ねる」

第33回(平成27年12月) 「文京の里に名園・名刹を訪ねる」

第32回(平成27年10月) 「八王子市に千人同心の史跡を訪ねる」へリンク

第31回(平成27年7月)  「再び豊嶋氏の石神井城を訪ねる」へリンク