第44回隊友ふれあいウォーキング実施報告  

 第44回隊友ふれあいウォーキングは、「黒目川の遺跡を訪ねる」をテーマに会員13名(夫婦3組、女性4名)の参加を得て、3月23日(土)予定通り実施しました。

 9時、東久留米駅を出発、先ずは小山台遺跡へ。小山台遺跡は、黒目川左岸台地上に在り、1970年の発掘調査により縄文時代中期の4棟の竪穴住居跡が発見され、大きな縄文村の存在が明らかとなりました。
小山台遺跡から黒目川を南に見る台地上には、クヌギやコナラを主とする雑木林が広く残されていますが、東京都は、この地域の貴重な自然環境を守るため、1989年に約1.7ヘクタールを小山緑地保全地域に指定しています。

 小山台遺跡からコースに沿って雑木林の小道を下ると、子ノ神社に出ますが、子ノ神社は、旧小山村の鎮守で、かつては甲子の縁日には大いに賑ったという事です。

  
         小山台遺跡                     子ノ神社

 次に向った天台宗の普問山大円寺は、川越市の外観頂院の末寺で、開山は天台二世の慈覚大師と云われていますが、確証は有りません。
元は、子ノ神社の東南の地に在りましたが、江戸時代中期に焼失したことから、1765年現在地に再建されました。本堂、阿弥陀堂、観音堂、山門等は再建当時の物と云うことです。
門前に、石橋供養塔(1839年)、庚申塔(1746年)、馬頭観音(1838年)が在り、何れも市の有形文化財に指定されています。
中でも馬頭観音は、その銘文から村人は、五里五里馬頭と親しみをこめて呼んでいたと云われています。

  
         大円寺                        馬頭観音(五里五里馬頭)

 大円寺の前を黒目川が流れています。黒目川は、小平霊園内の「さいかち窪」を水源とし、柳窪緑地保全区域内の湧水を集めて流れ、同じく東久留米市内を流れる落合川と合流した後、新河岸川に流れ込む荒川水系の河川です。
市域の大半が護岸されない自然の流路で、落合川との合流点から所沢街道までの約4キロがジョギング・ウォーキングコースとして整備されています。
川には鯉が泳ぎ、岸辺には白鷺、野鴨が遊んでおり自然の状態が残されています。

 黒目川を遡って行くと、都住宅供給公社下里第2住宅が在りますが、この住宅団地建設に伴い、1978年に下里本邑遺跡の確認調査が行われた結果、旧石器時代から縄文、弥生、奈良、平安時代に渡る生活跡が発見され黒目川を代表する遺跡であることが確認されました。
そこで、遺跡の中心部分約8,000㎡を保存、保存されない部分の発掘調査が1981年に実施されました。
この調査により、旧石器時代では、市内最古の約3万年前の局部磨製石斧から終末期の細石器までの文化層が7層に渡り発見され、市内で最も長く利用された遺跡であることが分りました。
又、台地と旧河道の間にある河原の部分からは、縄文時代早期の焚火の跡や石器を製作した跡等、河原での生活跡が発見されています。
弥生時代では、5棟の竪穴住居跡と方形周溝墓と呼ばれる墓が一基発見され、黒目川最上流の弥生時代の集落跡として注目されましたが、中心部分は保存され未調査の為、弥生ムラの全様は不明です。

  
         下里本邑遺跡公園                 旧石器時代の礫群

 首都圏は、1960年代後半から人口が急増し、東久留米市においても、特に滝山団地と久留米西団地がある下里地域は、学齢時の人口が急増し、この地域に新たに小学校と中学校が建設されることになり、建設場所として下里三丁目の農地が選定されましたが、その場所が縄文時代の遺跡であることが判明しました。
そこで市では、遺跡調査を行う事となり、1976年及び1977年に調査を実施した結果、縄文時代中期後半の30棟の竪穴住居跡を始めとし、多くの遺構や遺物が検出され、縄文時代の集落の特徴と変遷を明らかにするという貴重な成果を上げました。
そこで、遺跡の保存と学校建設について検討の結果、設計を変更し、約3,000㎡を校庭下に埋没保存し、一棟の柄鏡形住居跡を外部から見学出来る屋外展示室を設けました。
又、どうしても遺跡が壊される小学校内には、出土した土器や石器等を展示する新山遺跡資料展示室を作成しました。

  
          新山遺跡屋外展示室               柄鏡形住居跡

 通りを挟んで下里小学校の西側に、久留米西住宅団地が在りますが、その団地の南の地域一帯は、柳窪緑地保全地域として武蔵野の自然がそっくり残されています。
黒目川は、この緑地保全地域を流れており、上流に柳窪天神社が在りますが、この神社は旧柳窪村の鎮守で境内の「柳窪梅林の石碑」には、梅林の移植と天神の飛来伝説とが記され、くるめを「来梅ノ荘の里」黒目川を「来梅川」と表記しています。

 柳窪天神の東隣に欅の林に囲まれた村野家の住宅が在りますが、1838年(天保9年)に建立され、1857年(安政4年)に増築されたとされる茅葺の母屋は、北側の下屋部分を除いて、殆ど改造されないで旧状を残しており、市内で唯一現存する江戸時代の茅葺民家で、当時の農村風景を今に伝える貴重な文化財として、主屋等7件が、平成23年に「国登録有形文化財(建造物)」に登録されました。

  
          柳窪天神社                     村野家住宅

 更に、黒目川を遡ると小平霊園に至ります。
霊園内の「さいかち窪」の湧水が、黒目川の水源とされていますが、現在は大雨の時以外は、湧水は見られない様です。

 霊園内を横切り、西武新宿線「小平駅」に向い、駅東口のレストランで昼食会を実施した後、解散しました。
次回は、5月25日(土)、小江戸と呼ばれる川越市を散策の予定です。

平成31年4月21日            

武蔵野の史跡を巡る会   世話人  道面 康紀

第43回(平成30年10月) 「万葉の昔を偲びつつ狛江の里を歩く」

第42回(平成30年6月)  「野川・丸子川沿いの史跡を訪ねる」

第41回(平成30年4月)  「源頼朝の武蔵入国の地を探る」

第40回(平成29年11月) 「武蔵野の面影を求めて羽根木から駒場野へ」

第39回(平成29年10月) 「石神井川沿いに史跡を訪ねる」

第38回(平成29年5月)  「練馬十一ヵ寺から愛染院を経て光ヶ丘公園へ」

第37回(平成28年12月) 「落合からおとめ山公園を経て西池袋へ」

第36回(平成28年10月) 「渋谷川に沿う台地上を歩く(広尾から金王八幡を経て表参道へ)

第35回(平成28年7月)  「武蔵野の面影を求めて(和田堀廟所から烏山念仏堂へ)」

第34回(平成28年4月)  「文京の台地(小日向台、目白台)に史跡と庭園を訪ねる」

第33回(平成27年12月) 「文京の里に名園・名刹を訪ねる」

第32回(平成27年10月) 「八王子市に千人同心の史跡を訪ねる」へリンク

第31回(平成27年7月)  「再び豊嶋氏の石神井城を訪ねる」へリンク