ホーム | 隊友会とは | ニュース・連絡 |会員・支部の声 | サイトマップ
    第41回隊友ふれあいウオーキングのご案内

1  テーマ   隅田川沿いを歩く(4)(頼朝の武蔵入国の地を探る)
  治承4年(1180)8月17日、伊豆に配流されていた源頼朝は、平家打倒の兵を挙げたが、
 「石橋山の戦い」に敗れ真鶴岬から海路安房の国に向い、先行していた北条時政親子、三浦義澄等に
 迎えられ、この地で、さっそく千葉常胤や上総広常等源氏に旧恩ある武士に参向を求めた。
 9月13日安房を発ち上総を通り越し、17日に千葉常胤・胤頼に迎えられ下総の国府(市川)に入った。
 ここから、武蔵国を経て相模国の鎌倉に入る予定であった。
 19日に上総広常が2万の兵を率いて合流 したが、頼朝は喜ぶことなく逆に広常の遅参を咎めたと云う。
 武蔵国に入るには太井川(江戸川)、中川、隅田川を渡らなければならない。
 ところが、隅田川西岸の 石浜城に陣を構えた江戸重長が頼朝の渡河を承知しない。
 江戸重長は秩父流平氏で、隅田川・多摩川流域に一族を配し、各港・宿を支配する武蔵の実力者であり、
 同族の畠山重忠、川越重頼も同調し、頼朝に服属しようとはしなかった。
  10月2日、頼朝は舟を繋いで浮橋とし、隅田川渡河を強行して隅田宿に入った。
 この時点で 豊島清光、葛西清重、足立遠元が頼朝の下に参上したが、江戸重長は姿を現さなかった。
 江戸重長が畠山重忠、川越重頼と共に頼朝の前に参上したのは4日であった。重長の参向が遅れたのは、
 重長に討たれた三浦義明の子義澄が頼朝の陣営にいたからと云われている。 
 頼朝は義澄を説得した後、重長の参陣を許した。
 石浜城、頼朝の渡河地点、隅田宿の場所は、諸説あり不明である。
 今回は、これ等の地点・場所を探り歩きたいと思います。

2  日時   平成30年4月7日(土)09:00〜14:00{雨天時14日(土)}
     ※ 7日(土)、14日(土)とも、朝6時頃に傘を必要とする程の雨の場合は中止

3  集合時間及び集合場所 
    4月7日(土)08:50、都営線「浅草駅」A3出口(吾妻橋)方面改札所付

4  探訪経路 都営線「浅草駅」―水戸家下屋敷跡―牛島神社―すみだ郷土文化資料館―
  待乳山聖天―今戸神社―墨亭植桜の碑―長明寺―向島百花園―石浜神社―隅田川神社―
  木母寺―梅若公園―東武伊勢崎線「鐘ヶ淵駅」
    ※ 探訪時程表(PDF)

5  携行品   飲み物、65歳以上は証明書、入館料(2ヵ所)250円予定

6  参加申し込み   昼食会への参加の有無も併せ3月25日(日)までに下記へ。

平成30年2月18日  武蔵野の史跡を巡る会   世話人代表  道面 康紀
                電話 03−6766−3262 
                携帯 080−6584−3262
                Eメール ys-domen@jcom.home.ne.jp

     

          第40回隊友ふれあいウォーキング実施報告

          第39回隊友ふれあいウォーキング実施報告

          第38回隊友ふれあいウォーキング実施報告

          第37回隊友ふれあいウォーキング実施報告

          第36回隊友ふれあいウォーキング実施報告

          第35回隊友ふれあいウォーキング実施報告